グレーな海で舟を漕ぐ

東京都、首都圏を含む県をまたぐ移動が正式に解禁になった。

通勤通学はもちろん、いまさらではあるけれど県境をまたぐ移動に
お上からのお許しが出たことは大きいと思う。

長距離移動の是非しかりマスクの着用しかり、
有名無実なお願いや根拠の怪しいエビデンス()によって
「そうすることが世間的に正しい」と世間に認知されていたことが、
本来の形で認識されることを望んでいる。

同じくして、今まで休業を余儀なくされてきた「接待を伴う飲食店」も、
ガイドラインを守ることを前提に公に営業できることになった。
スナックやキャバレー、ナイトクラブ……、
これまで長いこと飲食業界・水商売で飯を食ってきた自分としては、お付き合いのあるオネエサンがたやオニイサンがたも少なからずいるので、他人事でもほっとするところはある。



飲み屋・料理屋においてできること。
椅子を間引いて密を避ける、カウンターや客席に透明なシートを貼って飛沫を防ぐ。
お金の受け渡しは手渡しではなくトレイで。
店側のこまめな消毒はもちろん、お客側にも入店時や都度の手洗い、消毒を促す……。

いや、もちろん予防策は当然だし、
「お互いが感染してるかも」という、半ば性悪説に立った対策も必要。
店側もお客さんも安心してやりとりしたいのは当然だ。
でも、こんな“新型コロナ対策”を
「ハイ!喜んでー!」と笑顔でやれる店員はいないだろうし、お客の立場になってみても正直面倒だ。

これまで良くも悪くも続いてきた飲み屋の日常が、様変わりしている。
小さな店で肩を寄せ合うようにして楽しんだり、
さしつさされつお酌をし合ったり、
親しい仲で直箸で鍋をつつきあったり、
飲みすぎてメーター上がってちょっと大声になっちゃったり……。
このご時世、限りなく黒に近いグレー、もしくはぶっちゃけ黒だとされる。

店の人間は常にマスクして接客しなきゃいけない。
なんならゴム手袋して皿やグラスを直接触れないように。
酔っ払って大声で話してはいけない。飛沫のリスク、どれだけですか?
料理の直箸、酒の注ぎまわり、自分も相手も完璧に清潔ですか? 

衛生的な観念からすれば、今までがおおらかだったのかもしれないけれど、
以前とまったく同じようにはいかないことだけは明らかだ。


当たり前だと思ってきた古い価値観を改めなきゃいけないタイミングではあるけれど、
失っちゃいけないことや守っていきたいこともたくさんある。

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僕が小僧の時から仕込んでもらったアニキがやっている店に顔を出した。
カウンター10席ほどのバーだが、椅子をさらに2つ3つ減らしていた。
とはいえそもそもが小さな店なので、満席になったらけっこうぎゅうぎゅう。

でもそんな野暮なことを言うお客はいない。
いやむしろ“密”なことをネタにして酒の肴にして呑むような、肝の座ってんだかひねくれてんだか、そんなお客さんたちばかりだ。
気にするひとは、たぶんいまこのタイミングでこの店には来ていない。



これから先はまるで霞がかかったようにおぼろげで、みちはいくつにも分かれている。
薄暗いなかを手探りで、あれかこれか迷いながら前に進まなければいけない。
世間の煽動もあるかもしれない。
かと言って、正しく先導してくれるひとは少ない。

酒の吞み手も造り手も、僕らは皆、
手探りのまま舟を漕いでいかなきゃいけないようだ。